https://www.travelvoice.jp/20221013-152202?media=tvm
黒岩千賀(くろいわ ちか)さん
全国通訳案内士(英語)。リクルート勤務時にAB-Roadのネット化やオンライン旅行会社に携わる。香港在住14年を経て、2011年に資格取得。コロナ前は米国からの旅行者を中心に、年間200日超稼働。
日本政府は2022年10月11日、新型コロナをめぐる水際対策を大幅に緩和した。さらに記録的な円安でインバウンドは本格的な復活が期待されている。一方で、コロナ禍で外国人観光客の受入れが止まっていた観光地域や現場では何が起きているのか。
本格解禁の直前、9月に来日した外国人ツアーに同行した通訳案内士が、ガイド業務を通じて感じたことと課題感をコラムとしてまとめた。以下に紹介する。
円安効果で購買力アップ
2022年9月中旬に迎えた米国人の日本入国は、PCR検査不要、ビザは必要という状況でした。出発1カ月前の段階でグループは満席でしたが、実際に訪日したのは定員の半数。スーツケースの荷物詰めまで終わっていたのに、ビザが間に合わなかったほか、日本の新型コロナ感染の流行から主治医からドクターストップがかかって諦めざるを得なかった人が多かったと聞きました。ただ、あきらめざるを得なかった人のほとんどが別日程での訪日を検討しており、日本への関心の高さがうかがえました。
ツアー参加者の内訳は、コロナ禍で日本への旅行を一度以上リスケジュールした人、もともとインド旅行を計画していたがコロナによる受け入れ中止で日本に変更した人、今年すでに海外旅行は3度目という人など。いずれも、日本ならば安心安全な旅行ができると考えた人が多かったようです。
コロナ禍前との違いは、円安効果もあって圧倒的な購買力です。海外旅行ができなかった間に積み重なっていたお金と購買欲求が手伝い、訪問先では必ず「ここでは何がおすすめか」と聞かれました。物販だけでなく、飲食や体験プランについても、価値があると思えば、2万円以上の夕食、高価な観劇席などを希望する人が多く、全般的に財布の紐が緩くなっているのを感じました。
そして、観光客の少ない静かな日本の旅を楽しみ、京都嵐山の貸し切り状態の竹林で「今回、訪日旅行ができて本当によかった」と写真撮影していたのが印象的でした。
食事制限への対応ができない?
では、約2年半ぶりとなる訪日外国人の受け入れ体制はどうでしょうか。
残念ながら、劣化が顕著と言わざるを得ません。たとえば、アメリカ人は食事制限がある人が少なくありません。コロナ禍前は各種対応に慣れた飲食店が多く、現場は安心していたのですが、対応できるスタッフがいない、その店自体なくなってしまったなど、この2年半で後退していました。コロナ禍前からの課題だったナイトアクティビティや文化紹介イベントも再開されていませんでした。今回のツアーは日本が初めてという人が大半で特に不満の声は上がりませんでしたが、アジアのリピーターが戻ってくると大きな課題になりそうです。
ただ、日本特有のマスク着用、体温測定については、事前に旅行会社を通じて確認書を提出してもらっていたため、ツアー中、暑い日が続いたにもかかわらず、ルールを理解し遵守してくれました。屋外ではすぐマスクを取る人も少なくありませんでした。また、旅先で出会った修学旅行の学生や各受け入れ施設の方も温かく迎えてくれ、外国人への偏見は見られませんでした。
日本が選ばれるための努力が必要に
私はこの9月の訪日ツアーの前、8月にも3組のツアーをガイドしました。
9月10日より前の、訪日旅行の条件としてビザ、PCR検査必要、添乗員付きの団体旅行のみ可能との制限があった時期ですが、PCR検査が不要になった9月とは客層の違いを感じました。厳しい制限下でも訪日を希望していた人は、コストがかかっても日本に行きたい、訪日3回目以上のリピーター、この時期しか行けないという強いこだわりが特徴です。
新型コロナをめぐる日本政府の水際対策は10月11日、さらに大幅に緩和されました。1日当たり5万人の入国者数上限をなくし、入国時検査を原則として撤廃。外国人観光客の個人旅行も解禁されました。これまでの感触から、今後はさらに“日本へのこだわり”が薄れ、“海外旅行を渇望する“人たちが動きだすと見ています。
巨大市場である中国からはまだしばらくかかりそうですが、他アジア地域は訪日旅行が徐々に再開されています。香港では、香港帰国後のホテル隔離がなくなったことから、航空会社のオンライン予約が一時パンクしたと報道されています。
私の香港在住時代の友人も、ホテル隔離廃止報道当日に航空券を予約した人もいれば、すぐツアーを問い合わせた人もいます。アジアのみならず、欧米豪など単価の高い旅行者の海外旅行熱を訪日にどうつなげるかがインバウンド業界喫緊の課題でしょう。
インバウンド業界の正念場
日本政府観光局(JNTO)をはじめ、各自治体も富裕層をターゲットとしたプロモーションを活発化させています。各受け入れ施設も、コロナ禍前の疲弊するインバウンドには戻さないとの意思を強めていますが、実現は容易ではありません。富裕層どころか、コロナ禍前の対応すらおぼつかないのが現実です。
前述したように、ホテルや飲食店の多言語対応、食事制限への対応も、この2年半の間に後退してしまいました。夜の観光として人気のあった歌舞伎町の「ロボットレストラン」、2020年から常設公演の予定だったインバウンド向け和太鼓ショー「万華響」も営業を再開していません。
受け入れ側の体制が整っているとは言えない状況で、質の高い訪日旅行をどう担保できるか。そして、世界に何をどうアピールしていくか。これからがインバウンド業界の正念場です。個々の全国通訳案内士は、インバウンドゼロの期間も自主研修や勉強会などを続け、研鑽を積んでいます。インバウンドの本格再開を目指してよりよい経験を訪日観光客に提供できるよう、全国通訳案内士という専門集団を、これまで以上に業界全体で活用してほしいと願っています。