昨年に日本添乗サービス協会(TCSA)が主催した第14回の「ツアーコンダクター・オブ・ザ・イヤー」では、ジャッツの菅谷眞弓氏がグランプリにあたる「国土交通大臣賞」を受賞した。入社から23年目のベテラン添乗員で、「ツアー参加者および派遣先旅行会社の両方から高評価を獲得している、所属添乗員の模範となる逸材」と評価される菅谷氏は、どのような人物なのか。また、菅谷氏が特に入れ込んでいるというフランスとワインは、添乗業務にどのような影響を与えているのか。受賞を機に詳しい話を聞いた。
-まずは受賞の感想をお聞かせください
菅谷眞弓氏(以下敬称略) 受賞を知った時はただただびっくりしました。推薦していただいただけでも恐縮していましたが、これまでコツコツやってきたことが認められたようで嬉しかったです。
-添乗員になる前の経歴を教えていただけますか
菅谷 大学卒業後は映画の配給会社に勤めていましたが、字幕翻訳の仕事がしたいと思い、1994年から1年間、フランスへ留学しました。帰国後はフランス語を活かせる仕事を探し、添乗員ならその願いも叶うと思い、96年に新聞の求人広告で見たジャッツに入社しました。
人生初の海外は、学生時代の米国でのホームステイだったのですが、その時にお世話になった旅行会社が日本旅行で、お世話になった添乗員さんがとても良い方でした。それ以来、心のどこかに添乗員への憧れがあったと思います、ジャッツが日本旅行の子会社だったことも、何かの縁と感じました。
-入社した頃、添乗員という仕事に手応えは感じましたか
菅谷 国内旅行の添乗から始めましたが、初めは業務を覚えることで精いっぱいでした。自分がこの仕事に向いているかどうか、フランスに行けるかどうかということより、まずは慣れることが先決で、とにかく必死でした。海外旅行の添乗は2年目から始めましたが、その後はなかなかフランスには行けずにいました。でも、他のヨーロッパ諸国を訪れることでフランスを外から見ることができ、それはそれで勉強になったと思います。
-現在の主な添乗エリアや業務内容について教えてください
菅谷 日本旅行の添乗員付きツアーはヨーロッパ方面のツアーが多いので、自然とヨーロッパが多くなります。ただし、自分の特性を活かしたツアーに添乗するだけでなく、スケジュールに空きがあれば国内旅行の添乗や、海外での国際会議のサポート業務などにも積極的に取り組んでいるので、年間で180日ぐらいは添乗に出ています。飛行機に乗るのも海外に行くのも大好きなので、ずっとこのペースで仕事をしてきました。
添乗するツアーの8割はパッケージツアーですが、同じヨーロッパ旅行でもシニア向けのツアーから学生さんの卒業旅行まで色々とあるので、年齢層は幅広いですね。また、観光地を巡るツアーだけでなく、山登りのツアーもあればクルーズ旅行もあって、内容はバラエティに富んでいます。
-添乗の際に気をつけていることはありますか
収穫されたブドウと菅谷氏(写真提供:菅谷氏)菅谷 お客様の目線を忘れないことですね。自分も旅をする気分になって、物事を常にお客様目線で見るようにし、お客様が楽しまれているかどうかを気にしています。参加者のなかには奥様に連れて来られた旦那様など、あまり乗り気でなさそうな方もいらっしゃいますが、そういった方は空港に集合した時点で分かります。マイナスの気分をいかにプラスに持っていくかを考え、旅行中に1つでも多くのことを楽しんでいただけるよう、お声がけしたりするようにしています。
学生さん向けのツアーの場合はフリータイムが多いので、時間を有効に過ごしていただけるよう、事前に最近の流行や人気店の情報を調べたりしています。最近はインターネットですぐに調べものができますし、人気のアプリを試したりすることもできて、便利な時代になりました。添乗のための努力というよりは、私自身がミーハーで知りたがりなので、楽しみながら情報収集に取り組んでいます。
-添乗人生において、忘れられないツアーやハプニングはありますか
菅谷 2015年に、フランスのシャンパーニュ地方でワインカーブ(貯蔵庫)を巡ったツアーが大変でした。楽しみにしていたポメリー社での試飲が従業員のストライキで急に不可能になり、しかもその日は休日で、ツアーオペレーターが代わりのカーブを手配できなかったところを自力で探し、何とか1軒見つけて対応していただけることになりましたが、この時ほどフランス語が役に立ったことはありません。しかもそのツアーは、旅程の後半でパリの同時多発テロ事件があり、私たちは無事でしたが、終始冷や冷やしたツアーでした。
そのほかには1月のヨーロッパのツアーで、行きと帰りの両方でフライトがキャンセルになったことがありました。どちらも雪による影響でしたが、到着が1日遅れた上に、帰国まで1日遅れることになってしまい、あの時はせめて参加された40名のお客様がみな同じ飛行機に乗れるようにと思い、フランクフルトの空港内を奔走しました。
文句を言われても仕方のない状況でしたが、お客様からは「そんなに駆けずり回らなくていいよ」と言っていただいて救われました。天候不順によるフライトキャンセルは免責であるにも関わらず、航空会社にはホテルを用意していただいたことも忘れられません。
ハプニングがあった時こそ、ガイドさんやツアーオペレーター、航空会社の方々との連携が大事だと思います。また、23年もの間、本当にお客様に恵まれてきたと思っています。
-添乗業務以外で努力していることはありますか
菅谷 ワインが好きで、日本ソムリエ協会認定のワインエキスパートの資格を取得したことは、添乗業務において役に立っているだけでなく、添乗人生のなかで1つの転機になったと思います。ワインの勉強はエキスパートの資格を取得したらそれで終わり、というものではありません。ワインを学ぶことでヨーロッパの歴史を知ることができますし、ワインのトレンドも日々変わっていくので勉強することは尽きず、一生続けるものと考えています。
そのほかにはお菓子作りも好きですし、NPO法人のチーズプロフェッショナル協会が認定する「チーズプロフェッショナル」の資格も取得しました。フランス語以外の語学は、レストランでの注文時などに役立つよう、英語とイタリア語を勉強しました。
-1年の半分を添乗業務に費やされていますが、プライベートでも旅行に行くことはありますか
フェミナリーズ世界ワインコンクールでの記念撮影(写真提供:菅谷氏)菅谷 「フェミナリーズ世界ワインコンクール」という、審査員が全員女性のワインコンクールで審査員を務めているので、毎年1度はプライベートでフランスに行っています。また、添乗の仕事は繁忙期と閑散期があるので、時間がある時にはフランスのワインカーブを訪ねたり、同じくワイン造りが盛んなポルトガルを訪ねたりしています。最近はワインに関係した旅が多いですが、根っからの旅好きだと言えます。
-添乗業務の魅力とは何でしょうか
菅谷 毎回新しい出会いがあり、色々な人と会えることです。結婚した時には、お客様から仕事と家庭の両立の仕方についてアドバイスしていただきましたし、色々なお仕事のプロの方から専門的なお話を伺ったりと、常に刺激を受けています。
また、普段行くことができない場所に行けることも添乗業務の醍醐味です。例えば視察や研修旅行で、有名なファッション企業や化粧品工場を訪ねたり、プロのメイクアップアーティストがモデルさんをメイクする行程を見学したり、普通の旅行では味わうことができない経験をさせていただいています。
-旅行会社に望むことはありますか
菅谷 最近は、一般の旅行者もインターネットで航空券やホテルを予約できる時代になりましたが、旅行会社には添乗員付きツアーの魅力をもっと宣伝して欲しいですね。そしてお客様目線で、お客様に寄り添ったツアーを沢山造っていただけると良いと思います。
日本旅行に限らず、催行数こそ年々減少傾向にありますが、添乗員付きツアーには限られた時間に効率良く、多くの観光地を訪れることができる良さがあります。さらにガイドさんによる解説もあるので、その土地の背景などをしっかりと知ることができる添乗員付きツアーには、大きな価値があると思っています。
-今後の目標を教えてください
菅谷 ワインの世界では「ソムリエはワイン以外にもさまざまなお酒について知っているべき」という風潮があり、そのなかには近年、世界中で認知度を高めている日本酒も含まれます。私も日本ソムリエ協会が認定する「SAKE DIPLOMA」という資格を取得しているので、資格を活かして、今後は例えば訪日旅行のグループから「酒蔵を見学したい」といった要望があればご一緒するなど、より専門性の高い添乗員になりたいと思います。来年は東京オリンピック・パラリンピックも控えていますし、旅行会社には日本の観光産業のリーダーとして外国からのお客様をもてなしていただき、私もそのお手伝いができればと考えています。
最近のお客様はただ観光をするだけではなく、目的意識の高い方が多いのが特徴です。お客様の知的好奇心を満たすことができるように、添乗員も日々勉強が必要と感じています。
-ありがとうございました
日刊トラベルビジョン様より